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 いわきの魚はめひかりでいいのですか? 佐藤 和男
(北海道滝川市、獣医師)

 本誌上でいわきのさかなはめひかりと知った。40年前にいわきを離れ、機会があれば、わが故郷は常磐ものと云われる魚の産地で、美味いのが沢山有ると言っていた者にとって代表する魚がめひかりとはなんともさびしい。

 さほど豊かとは云えなかった筈の我が生家の発育盛りの大家族の胃袋を満たしてくれた「あんこう」や、母親が作ってくれた一寸醤油をまぶした「やなぎ」の載った弁当が大好きだったことやその美味さは今でも思い出す程である。

 この両者共水揚げが少なく高価なものになったとは聞いていたが、話題や食卓に上らない存在になってしまったのだろうか。

 先日、在北海道磐中、高OB会の集いがあった。この席で小生はこの話題を披露した。小生(S14年生)の上の年代では、めひかりは概ね不評であった。中には全く知らない方も居た。

 「あんこう」も「めひかり」も大小の違いこそあれ似たような顔つきである。しかしその存在感、インパクトは大違いと思う。今後10年、20年を考えた時めひかりには早々に退陣願い、あんこうやこれをも凌ぐ魚の登場を願いたいと思うが如何なものだろうか。

(2001年11月23日号)


 「いわき駅の対応の悪さに一言」 早川 清子
(東京都、会社員)

 1/3常磐線の事故の影響で発着時間に遅れがでていた。14:13発上野行きに指定をとっていたので状況を改札駅員に確認したところ「5分くらいの遅れです」とのこと。それだったらとホームで待っていたが、始発電車にもかかわらず発車時刻を過ぎても電車はこない。案内もなく、駅員がホームに一人もいない。しかたなくわざわざ階段を上って事務室にいくと事務室内には4〜5人(発券窓口以外に)がいる。「電車がどうなっているのかアナウンスもしないのか。信じられない駅だ」とクレームをいれるとしどろもどろのアナウンスを始める。おまけに、14:34発の電車が先にホームに到着し、「この電車は14:13発車予定だった電車を待ってその後発車します」とアナウンスをしておきながら、14:40頃に先に発車。結局14:13発車予定だった電車は14:52の発車となった。

 乗客はお金で時間を買っているのだ。そのことを認識しているのならば、こんな失礼な事態は起こるわけがない。事故はしかたがないことだが、そういう場合の乗客への正しい情報提供と不公平感がない対応をとることはあたりまえのことではないのか。
 おかげで風邪をひいてしまい、怒りがおさまらないので意見させていただきました。

(2001年1月6日号)


 「いわき市は、なぜ選挙前にはがきが来ないのでしょうか?」 中村 信明
(小名浜、30歳、会社員)

 わたしはいわき市に1993年に転入してきて以来、不思議に思っていることがあります。それは選挙(国政、県政、市政ともに)の前にはがきが送られてこないことです。
 
 わたしの生家は東京都田無市にあるのですが、そこでは必ず選挙前に日時と投票所を明記したはがきが送られてきていましたので、それが当たり前だと思っていました。しかしいわき市でははがきが送られていないために、転入してきた当初は、家から数百メートルしかはなれていない投票所を自転車で2時間らいかけて探し回ってしまいました。そのおかげでそれから数年は無事に投票することができました。

 しかしある投票のときに、いつもの通りに投票所になる集会所に行ったら、集会所は閉ざされており、それから投票所を探したもの見つけることができず、やむを得ず棄権してしまったということがあります。

 その後、わたしの会社の同僚に、わたしの近所に住むという親戚より話を訊いてもらった結果、その回から投票所が移転したということを知らされることになります。そんなこともあって、わたしは今では、不在者投票の利用方法が法改正されたということもあって、支所に行って不在者投票することにしています。

 投票所に関する情報は、市報で見ることができるというのはわたしも知ってはいるのですが(しかしそれ以外の方法を知らない)、残念ながら、わたしのところへは7年も住んでいるにもかかわらず、市報が一度も届いたことはありません。わたしの住んでいる地区ではどうしているのか解らないのですが、回覧板で市報を受け取るという方法が多いと聞いています。

 しかし会社の別の同僚の場合、その地区の回覧板がスムースに流れているわけではなく、届いたときには情報が遅れているというケースもあるようです。またわたしはアパート住まいで一人暮らしであるため、日中に家にいることもないので、回覧を敬遠されている(?)のではとも思います。

 ちなみに田無市では、市の職員か雇われた方が期日までに一戸一戸市報を配り歩いています。市報で情報が得られなければ、わたし自身が市役所か支所に出向いたり、電話で問い合わせたりして聞けばいいということになります(現に毎年のゴミ収集カレンダーはそうやってもらっています)。

 でもはがきが来ないというのは、投票日時や場所を解らないということだけではなく、投票所で身分を照会するモノがないということを意味していると思うのです。いわき市では投票所での自己申告のみで投票ができてしまうのですが、これには危険が伴っていると思うのです。まさかそんな不心得者がいるとは思いませんが、不正投票を実行しようと思えばできなくはない状態であるといえます。わたしのような日中は仕事で家を空けているような者にとっては、近所でも顔を知る人は少ないですから、その気になればできてしまうわけです。はがきが来る地域では、当然はがきを携行していかなければ身分が不明であるとされ、投票ができないことになります(他に身分を証明するものがあればできるかもしれませんが)。

 何度か会社で選挙の話をしたことはあるのですが、地元の方々ははがきが来ないということに違和感がない、という印象を受けます。ちなみに会社にいる(投票前にははがきが来る)岩瀬郡出身の同僚も、はがきが来ないことを不思議がっていますし、不正ができてしまうということを危惧していました。いわき市は中核市となって、これからますます外との交流を深めて行くことになり、外地域からの人々を受け入れていくことになっ>ていくと思います。

 選挙の投票行動は重要な国民に与えられている権利ですので、つまらないことで棄権してしまうことがなくなるよう、ソフト面の改善をぜひ市選管にお願いしたいものです。

(2000年6月23日号)


 「波立海岸のハマエンドウ」 星野 寧
(久之浜町、75歳、無職)

 2000年5月中旬撮影。波立海岸も砂がだいぶ少なくなって、昨年は海水浴もままならなかった。砂浜一面に咲いていたハマエンドウも、今では3カ所のみになった。「今年で見るのは最後かなあ」と思いつつ毎年撮る。来年もきれいに咲くことを祈っている。

 

(2000年5月26日号)

 

 いわきについて 豊田 恭治
(34歳 会社員 小島町)

 はじめていわきに来たのは、十数年前に2〜3カ月の出張でした。まさかその時は、転勤して来ることになるとは夢にも思っていませんでしたし、仕事が忙しいこともあって町を見て歩くことも無く過ごしました(田町には、たまに飲みに連れて行かれることはありましたが)。

 それから6年前の春に2〜3年の出張のつもりがいつのまにか転勤ということになり現在に至っています。

 さて、まず来てみて思ったことはビルが少ないなということでしょう。いわき市の中心である駅前に高いビルが無いのには驚きました。どこの地方に行っても駅前には高いビルがあり、離れるに従って田園地帯になって行くのですが、自然が多いという訳でもなく不思議な感じでした。

 あとは都銀が1行しかないということで、都会や他の地方から来た場合に、自分の銀行が無く、ATMが少ないと不便でしたね。今は、地銀に口座を設けて給与もそちらに振り込んでもらってますが、最初は困りました。

 大黒屋で宝くじ1〜2等が当たったら会社を休んで行く価値はありますが、10万くらいで休んで行くのはチョットナ〜って感じです。

 今はスーパーが進出してきて便利になりましたが、道路で2車線は無いと都会並みに交通渋滞が多くて買い物に行く気が失せます。それと新しい道路を作ってもなぜ片側1車線なのか不思議です。土地は余ってるんじゃないの?とか思ってしまいますが問題があるんですかね。

 恐かったのが、車の運転です。今でも出張して来た者には注意してますが、車の飛び出しが多いです。普通絶対出てこない距離でも平気で脇道から出てきますから、何度驚いたことか。ウィンカーを出さない人も多いですね。運転が上手いとでも思っているのか、突然スピードを緩めて平気で曲がって行きます。この場合クラクションを鳴らして注意しているのは私かもしれません。お恥ずかしい。

 食事に関しては、不思議なことですが東京に居た頃のほうが安かったように感じました。どちらも外食でしたから、定食の値段で比較していわきの方が高いように感じました(行ったところが悪いのか?普通の定食屋だと思ったけど)。

 と悪口ばかり書いているように見えますが、結構気に入って住んでますので、許して下さいネ。

(2000年4月21日号)

 

「サンシャインロード開通おめでとうございます」 小野寺隆夫
(会社員 小名浜玉川町)

 サンシャインロード開通おめでとうございます。毎日玉川から錦まで車で通勤しています。道路の開通で通勤渋滞も少しは緩和されるかと思っていたら、前と余り変わりないように感じるのは私だけでしょうか。旧国道6号線は前よりも混雑しているように思えます。

(2000年4月7日号)

 

「磐女・磐高の共学化に関する一提案」 工藤義彦
( 53歳 会社員)

 県教育委員会の共学化決定に反対の声が上がっています。これに対し、私は男女が席を同じくして共に学ぶことは至極当然なことと思っています。ですから両高校が別学であることに長らく疑問を抱いていました。しかし共学が具体化するにつれ、共学化が抱える問題点にも目を向ける必要があると考えるようになりました。特に指摘したいのは移行過程が不自然になるということです。

  磐城女子高等学校を例にとります。1年目の1年生が男女同数になるとして、その時の2年生・3年生は全員女子です。男女の比は全校で1:5となります。2年目には2:4となり、3年目になってやっと男女同数になります。共学高校卒の私の経験からすれば、多数の女子の中に少数の男子が入るのは気後れするものです。磐城高等学校の場合は逆になりますが、多数の男子の中の女子は元気なものです。2年間の移行過程に生じるこのような傾向が両校の間にさまざまな格差を生み、そしてそれが3年目以降も固定化するのではないか、と危惧します。

 このような問題を回避できる方法として「両校を合併して新しく共学の高校を創る」ことを提案します。新しい高校の名称は、33年の歴史を持ついわき市にちなんで「いわき高等学校」がふさわしいと思います。この提案によれば、移行時に生じる問題がなく、学校格差も生ぜず、校名継承もできます。一方桜町校舎と高月校舎に分かれることになり、学校運営上の問題が生じますが智恵をしぼれば解決できる問題と思われます。

  私は共学化について、当事者である生徒を含め多くの市民が自分のことばで 語り合うことを通じて社会的合意が形成されることを望みます。この提案がその機になれば幸いです。

(1999年12月3日号)